nAKEd 桜心中(前編) 忍者ブログ

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桜心中(前編)

「桜の樹の下には、死体が埋まっている、なんて書いたやつがいたが、どうだ、本当に埋まっているような気がしないか」
 そう言って叔父は、桜の木を恍惚とした表情で見上げた。確かに、盛大に咲いたその桜は、死体の養分でも吸い上げているのではないかと思うほど凄みを帯びていた。
「こんな桜、よく見つけましたね」
 静かな住宅地に囲まれた、ひっそりとした神社の境内に、その桜はあった。神社と言ってもほこらがあるだけの小さなもので、境内は空き地になっている。その空き地の真ん中に、盛大な桜。寂れた風景の中にあるせいか、際立って美しい。
「だてに歩き回っていないからな。新しい土地は全てがめずらしく見えて、ついこんな住宅地にまで入り込んでしまった。だが、おかげでこの桜にめぐり合えた」
 叔父は高校で国語の教師をしている。今年の四月からこちらへ転勤してきたのだ。大学で国文学を学んでいる僕は、この叔父と気が合った。
「毎日見に来ているんだ、この桜を。学校から直行する毎日さ。いっそここの空き地にでも住んでしまおうか……なんてな。こいつももうすぐ散ってしまうだろう。満開のうちにお前に見せておきたくてね」
「自分が見たかっただけなんじゃないですか」
 叔父の陶然とした表情を見ていると、どうもそんな気がしてくる。自分が桜を見に来るのに、僕をつき合わせただけなのではないだろうか。
 はは、と笑った叔父は、相変わらずぼうっと桜を眺めている。どこか物憂げな、霞がかかったような眼差しで。桜に酔っているようだった。
「桜の美しさってのは、恐ろしいと思わないか」
「恐ろしい?」
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし……業平の歌だがね。全くその通りだと思うよ。桜は人間を支配する。花を咲かせるだけで人の心を浮き立たせ、散らすだけで嘆かせる。この花がなかったら、どんなに春は穏やかだろう」
 叔父は、そっと桜の幹に触れた。
「だがこの桜という花がなければ、きっと春は味気ないものになってしまうのだろうな。人をここまで魅了してしまう桜……恐ろしいよ」
 そう語った叔父の桜に触れる手、見上げるまなざしは、桜を崇拝してでもいるかのようだ。
四月もなかばを過ぎた、ある春の昼下がりのことだった。

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