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AKEによる創作ブログ。

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おんなじ花

「あんたたちは美しいけど、ただ咲いているだけなんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ――」

 男は、『星の王子さま』からふと目をあげ、窓の外を眺めた。見えるのは流れる雲ばかりである。彼は今、空の上にいた。
「こんなにすてきなラブストーリーって、ないわよ」
 あいつはそう言ってこの本を薦めてくれたんだっけか。もうずいぶん昔のことのような気がする。あいつは流産した後、人が変わってしまった。
 そんなことを考えながら、男はページをめくった。
 それにしても、エコノミークラスは狭い。これが旅行だったら、まだ耐えられるが、出張というのだからいやになる。
 男は隣に座っている老婆をちらりと見た。
 老婆は目を閉じて、静かに座っていた。口元には微かな笑みが浮かんでいた。彼女はこれから娘の住む町へ向かう所だった。彼女の娘が子どもを産むのだ。
 あの子に会うのは久しぶりだわ。早く会いたいわ。あの子の赤ちゃんにも。何てったって私にとっては初孫だからね。ああ、あの人ももう少し長生きしていればねえ。
「おい、酒をくれ」
突然大きな声がした。
いやねえ。あんなに大声出さなくてもいいのに。
老婆が見ると、中年の男がスチュワーデスに声をかけていた。
 スチュワーデスはただいま準備いたします、と言って去っていった。
「早くしてくれよ」
 中年の男はいらついているようだった。
 まったく、なんで俺がエコノミークラスなんかに乗らなければいけないんだ。それもこれもあいつの手配ミスのせいだ。まったく使えない奴だ。だが、金のなかった時代を思い出すのもいいかもしれないな。そういえば俺の隣の青年は、昔の俺に似ている気がするぞ。
 中年の男の隣に座っている青年は、中年の男の大声で眠りからさめたところだった。
 うるさいなあ。せっかく寝ていたっていうのに。どうしてこんな男の隣になってしまったのだろう。運が悪い。それにしても隣の男、身なりがいい。どうしてこんな安い席に座っているんだ? ブランド物のスーツなんか着て、これから借金をしに行く俺とは大違いだ。親父は金を貸してくれるだろうか。とにかく頭を下げるしかない。
 先程中年の男に声をかけられたスチュワーデスが、ビールを運んできた。
 お客さまの相手は疲れるわ。でも平気。このフライトが終わったら、あの人と結婚するのだから。だから今は、精一杯がんばらなくっちゃ。
 突然、飛行機が大きく揺れた。
 どうしたのかしら。乱気流? とにかく、お客さまにシートベルトをしていただかなくては。


「たった今入ったニュースです。○○航空国内線、○○行きが墜落した模様です。被害状況、墜落地点等、詳しい情報が入り次第お伝えいたします。繰り返します――」
 リビングにあるテレビがニュースを慌しく伝えていた。テレビを消そうとしていた女が、手を止めた。
 国内便が墜落? 大変ね。知り合いが乗っていなければいいけど。ああ、テレビを見ている場合じゃないわ。約束の時間に遅れちゃう。
 女はテレビを消して、リビングを後にした。



※冒頭の『星の王子さま』は『星の王子さま-オリジナル版』/サン・テグジュぺリ/訳:内藤濯/岩波書店(2000年3月10日第1刷発行)より引用
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